男性として生まれた以上、周りの期待は大きく、「りっぱになって、偉大な人になりなさい。
努力を続ければ、必ず願いはかないます。
がんばれ。
」と言われて男の子は、育てられてきました。
将来は大臣か博士を目指すのが、正しい男の子の生き方であり、周りはそれに協力するべしというのが、一つの形でありました。
ただこれは、かなりの価値観の押しつけで、個人の主義主張を無視するものです。
仮に串山孝一という男性がいたとして、絵描きさんになりたいと考えたとします。
ところが串山孝一少年のご両親は、大反対で「勉強してて 東大に行って官僚になり、その後 大臣を目指すのだ」と言うようなことは、今ではぐっと減りました。
個人の考え方も尊重されるようになってきているのです。
ただ、価値観の強制でうたわれていた、「一生懸命努力しろ」は、あらゆる場面、いろんな業界でも役に立つ考え方なので、今後生まれてくるであろう串山孝一少年は、大臣、博士に縛られず、たんたんと 自分の目標に向けて努力することが大切になってくるでしょう。
時代は、いつの時も男性は期待される宿命にあります。
それを、自身のビジョンの確立と、それを実現するための努力で、乗り越えていくべきでしょう。